はじめに
この記事を読むあなたへ
ここには、私自身の乳がん治療の体験や、そのときの正直な気持ちを書いています。
人によっては、読んでいてつらく感じる部分があるかもしれません。
もし今の気持ちに合わないと感じたら、そっとページを閉じても大丈夫です。
あなたの心と体が、いちばん大切です。
こんにちは。臨床検査技師のりんです。乳がんの診断を受けてから今日までのことを、こちらのブログに残すことにしました。
きっかけは、私が治療を始めるときに、SNSで同じように治療を受けている人の投稿に何度も救われたからです。
当時の私は、30代でまさか自分が「がん」になるとは思っていませんでした。
病気が見つかったショック、しんどいと分かっている治療を受ける覚悟、妊孕性のこと、仕事やライフプランへの影響──心の整理が追いつかないまま、次々と選択を迫られる現実に押しつぶされそうになっていました。
そんなとき、同じ治療を経験している人の言葉を読むだけで、「ひとりじゃないんだ」と思える瞬間が何度もありました。
だからこそ、私の経験も、誰かにとって“支え”や“灯り”になればいい、しんどかった時間をそのまま心の奥で眠らせておくのはもったいない──そんな思いで、この記事を書いています。
治療中は不安や悲しみに波のように飲み込まれそうになることがあります。
でも、その波は永遠に続くわけではありません。
治療の期間には終わりがあるし、つらさのピークも必ず過ぎていきます。視点を少し変えれば、不安もサーフィンのように“乗りこなす”ことができる。これは、治療を進めながら私が実感したことです。
このブログでは、がんの発覚から現在に至るまでの治療の流れを、実際のスケジュールに沿って、当時の気持ちや迷いも一緒にまとめています。
同じように治療を受けている方、そして医療者として患者さんに関わる方のどちらにも、少しでも役に立つものになれば嬉しいです。
仲間は思っているよりもたくさんいます。一緒に乗り越えていきましょう。
最初の違和感と受診のきっかけ(2023年10月)
左胸の痛み、「気のせい?」から始まった気づき
2023年の秋ごろ、左胸のあたりに「なんとなく痛いような…?」という違和感を覚えました。腕を動かしたときにだけ、ほんのわずかにチクッとするような感覚が続き、気づけばそれが2〜3週間ほど続いていたと思います。
とはいえ、触ってもしこりはないし、痛みも本当にわずか。
「きっと気のせい」「そのうち治るかも」と思っていました。
不安は30%くらい、楽観が70%くらいの気持ちでした。
ただ、前回の乳がん検診からちょうど1年が経つタイミングでもありました。
30代前半から検診を受けていたのは、子宮内膜症で通っていた婦人科の先生から「あなたは若いうちから乳がん検診も受けておいた方が安心だよ」と勧められたのがきっかけです。
前回の検診ではエコーのみを受け、のう胞があると言われただけでした。
「たぶん今回も同じだろう」という思いもありつつ、念のため診てもらうことにしました。
近所のクリニックでの検査
受診したのは、1年前にも検診を受けた近所のクリニックでした。
まずはエコー検査。前回と同じく、技師さんの施行→医師のダブルチェックという流れでしたが、途中で技師さんから「マンモグラフィーを受けられたことはありますか?」と聞かれました。
技師として働いているからこそ、「あ、何か引っかかっているんだな」と察してしまい、胸がざわついたのを覚えています。
その後の診察で、医師から「念のためマンモグラフィーも撮りましょう」と提案され、追加で受けることに。
初めてのマンモグラフィーは、噂に聞いていた通り、確かに痛かったですが、「365日のうちの数秒」と思えば耐えられるものでした。
マンモグラフィーでは石灰化が認められ、そのまま細胞診へ進むことになりました。
この時点で不安は60%ほどまで上昇。
結果は2週間後と言われ、その間は落ち着かない日が続きました。
2週間後、細胞診の結果は「グレード3・要精査」。
確定診断のため、さらに組織診が必要となりました。
また2週間待つことになり、不安60%・受け入れ40%という、なんとも言えない心の揺れの中で過ごしていました。
非浸潤がんと診断、治療病院へ紹介(2023年10〜11月)
最初の診断
組織診の結果が出た日、医師から告げられたのは
「非浸潤性乳管癌(DCIS)。一部に浸潤が疑われる部分があるけれど、基本的には超初期の乳がんです。」
という診断でした。
エコー上では約4cmの大きさ。
核グレードは1(3点)ともっとも低く、医師の説明では、
- ステージ0相当である可能性が高い
- 手術をすれば必ず治るタイプ
- 治療は手術のみで済むことが多い
- 必要があればホルモン療法を追加する程度
- 放射線や抗がん剤が必要になる可能性は「ほぼない」
と、明確に“早期の乳がん”として扱われる状況でした。
医師が淡々と落ち着いた口調で説明してくれたこともあり、また私自身が医療職という立場であることも関係していたのか、涙が出ることも取り乱すこともなく、冷静に説明を聞いていました。
心のどこかで、「ああ、やっぱり何かあったんだな」という納得と、「でも初期でよかった」という安堵が同時にありました。
診断が確定した後は、どの病院で手術や治療を受けるかを決めることになりました。
医師から候補を2〜3つ挙げてもらい、自宅からの距離や専門性、手術方法などを数日かけて調べ、自分が納得できる病院を選びました。クリニックには電話で希望を伝え、紹介状・検査結果・紹介先の予約まで手配していただきました。
ちょうどそのころ、私生活では引っ越しの準備やフォトウェディングの計画が重なっていて、慌ただしい毎日でした。
「がん」と言われたはずなのに、不思議と気持ちが沈みこむ時間はあまりなく、淡々と目の前の作業を進めていくような感覚でした。
いよいよ紹介先病院での治療へ進みます。続きはこちらから→リンク